連休のご予定は?
         〜789女子高生シリーズ
 


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弓野くんがからかい半分で久蔵お嬢様に持ち出した、
五月祭の大役というのは、
豊饒をつかさどる大地の女神を模した“五月の女王”と、
それを左右から補佐する二人の陪臣のこと。
彼女らが通う女学園では
毎年五月一日に“五月祭”というちょっとしたフェスティバルが催され。
英国式のお茶会が開かれたりバザーがあったり、
講堂では寸劇や斉唱が披露されたり、
野外音楽堂では演奏会が開かれたりと。
新緑瑞々しい中、
OGや講演会の方々を招いての清かな集いが設けられるのだが。
高校生というお年頃の学生たちには、
どちらかといや 遊びに行きたいだろうGWの最中だってのに、
そんなのさておいてですとされるほど、
秘かに注目の一大イベントでもあったりするのは、
催しの中、それは名誉な存在が選び出されるしきたりがあるからで。

  それが“五月の女王”という 主役のことで

祭典の式次第の一番最初に登場する彼女は、
代々続くデザインの、白を基調としたゆかしきドレスをまとい、
二人の陪臣役を従えて しずしずと向かった野外音楽堂にて、
ご指名の儀とともに特製のティアラを冠される。
付属の初等科や中等部、いやいや幼稚舎に通うほど小さなお子様までもが、
先でこの大役に選ばれたいと憧れるほどに、
その年 一番輝ける存在であること、認定されるようなものでもあるのだが。
開会の宣言やらお茶会の主幹役はもとより、
ステージにて演じられる寸劇の中へ引っ張り出されることもあれば、
来賓の皆様への愛想も振り撒かにゃあならなんだりと、
結構忙しいし、丸1日拘束されるし、

 「しかも、後々 騒動に巻き込まれたし。」
 「いやあれは、恒例の付き物じゃあなかったんですが。」

そうだったよね。
この女子高生シリーズが
聖なるヲトメらを主役としつつ
ドカバキがついて回る物騒な代物だってことへの決定打となっちゃったのも、
確か五月祭が切っ掛けだったような。

 「だから。それはアタシらのせいじゃありませんて。」

ははは…、そうでしたね。
(『
翠苑の姫たちへ』 参照してください。)

 「でも、まさかそんな方法で艶姿再びが出来ようとは。」

そんなまでの大騒ぎを引き起こしたからじゃあなく、(笑)
本来の原則として、
女学園に籍を置く間の一度だけしか預かれないお務めでもあり。
よって、白百合、紅ばら、ひなげしと、
初夏の華やかなお花にたとえられるほど人気の三華のお姉様がたは、
揃って艶姿をご披露済みなため、もう どのお務めにも関われないはずが、

 「女王の騎士として、
  エスコートをしていただきたいと持って来ようとはねぇ。」

さほどロマンチックに飾ってはないが、
それでも少女の居室らしい明るさと華やぎの満ちたお部屋にて。
使い込まれた楕円のテーブルの上で、
愛用のミシンを ダダダダダ…ッと軽快に唸らせながら、
只今、その騎士様のお衣装をアレンジ中なのが。
お料理はまだまだ初心者ですが、お洋服のリメイクはお任せという、
草野さんチの七郎次お嬢様であり。
ちょいと職人風を意識したものか、
いつもは透明感あふるる、清楚でトラディショナルな装いが多いはずのお嬢様が。
今日はアイウェアのトンボメガネに 髪もわざとうなじで雑に束ね、
スムースジャージのインナーと、
エプロンスカート風のチェニックにシンプルなデギンスを重ねた、
何ともこざっぱりとした いで立ちで決めておいで。
勿論のこと恰好だけの話じゃあなくて、
お部屋の一角には、胴体部分だけのマネキンが立っており、
今は、マントとスリムなシルエットのパンツとだけを着せられている。
上着の方は丁度仕上げの最中であり、

 「あんまり ごてごてさせても興ざめですから、
  スタンダードな膝丈のマントと、そうそれから、
  組み紐のついた肩章と剣帯を兼ねたサッシュで飾りましょうねvv」

つややかなサテン地の生地を、愛でるように綺麗な指先で揃えつつ、
さて次はここにあれをと、
思ったものをそのまま直接縫い付けてしまわれる、
大胆かつ絶妙で、勿論のこと繊細でもあるお針仕事を展開しておいでだが。
それをすぐの傍らで、お椅子に腰掛け見守っておいでの当事者、
紅ばら様こと 久蔵お嬢様はといえば。
大好きな七郎次の奮闘は認めたいけれどという、
複雑な心情が滲んだ、それは浮かないお顔のまんま、
ふるふるふるとかぶりを振って見せ、

 「〜〜〜〜。」

 「え? いっそ何も付けない地味なのが良い?
  そうは行きませんて。」

お小姓さん役ならともかく、騎士ですよ?騎士。
勲章を兼ねた肩章も要りますし、
そういうのとは別に、
魔除けとか破邪の意味がある装飾だってしてるでしょうし、と。
面倒な任だというのは、
自分も体験したのだ、重々承知の白百合さんではあるが、
選ばれちゃったからには ちゃんと頑張りなさいとの後押しを兼ねてのこと。
こうしてお衣装にも自ら手をかけておいでだし、

 「当日も傍におりますからご安心を。」

騎士に陪臣というのはおかしいかもですが、
こんな扮装をするのですから付き人くらいは認めてもらわねばねと、
実はもう了解も取ってある役どころを、
アタシたちも頑張るからと言うことで励まして差し上げている、
相変わらずに要領を得た、しっかり者なお姉様であらせられ。

 “それにしても、
  お嬢様がたもなかなか抜け目がないと言いますか。”

今年の五月の女王に、
久蔵が幼いころから懇意にしている 一子さんが選ばれてしまったのは、
誰の作為も企みも絡まない、純然たる全校投票による結果であり。
小柄でか細く、儚げな印象の強い内気なお嬢様は、
人々や自然現象をも統率するというよな、
女王という荘厳なお立場にはやや難ありかも知れないが。
気品があって穢れを知らぬ、
人としての生々しさや泥臭さを感じさせないほどの繊細さは、
誰もが認め、妖精のようと憧れてもいる神々しさで。
そんなところが相応しいとの票を集めた こたびの結果に、
無論のこと、どこからも異存は出なかったのだが。
ただ、

 『あのあの、そんな大役は出来ません。』

今でも時々、朝礼で貧血を起こすことがあるほどに、
格段の緊張にも耐えられない身だと。
他でもないご本人様が、
体力のなさとそれから、とりわけ内気な気性であること、
そのときばかりは一生懸命に主張をし、
このような誉れをいただけたこと、
本当に嬉しいし、感謝してもおりますが、
どうかご辞退させていただきたくと訴えて来られて。

  だからと言って、では次点の方を繰り上げて…ともいかぬこと。

誰かのお下がりなんて御免です…なぞと言い出すような、
周囲を困らせるばかりな臍曲がりは いらっさらなかったが、
次点、次々点というのは実は“陪臣役”に決まった方々なので、

 『あら…でも、困りましたわ。
  わたくし、陪臣役のお衣装をもう発注してしまいましたの。』

それほど日数のあることでなし、
お支度の方も早急にあたらねば間に合わぬ。
なので、今更“女王様仕様のに変更して”と申し出ても間に合うものかなぁと、
眉根を曇らせたのが2位の方なら、

 『あ、でも。
  心置きなく接することの出来るかたが傍らにいらっしゃったなら、
  一子様とて、ずんと心丈夫になられるのでは?』

ポンと手を合わせ、そうと仰せになられたのが、
3位で陪臣役に就いたお嬢さんであり。
だって、学生たちの総意として選ばれた女王様ですもの、
こういった大任を果たすことにしても、全員で支えてこそではありませぬかと、
そりゃあ立派に提言なさり。
そのための最適なフォローはないかないかと、
委員会の皆様が、
愛らしいおでこを寄せ集めて考えなさったその挙句に浮かんだのが、

  一子様といえば、
  あの紅ばら様が常に傍らへ寄せるほど
  愛おしんでおいでの方だから…という点で

 『あ、わたくし、良いことを思いつきましたわvv』
 『え? 何ですの?』
 『あ、あ、わたくしもですvv』

取っ掛かりは本当に真摯な
“何か妙案を”という一念からの案じであったのだろに。
そこから辿れた“とある妙案”が、
とあるお人にだけ ずんと端迷惑なそれでありながら、
されど、他のお嬢様がたには 飛び切り素敵な代物だったというところかと。
すなわち、

  ―― 紅ばら様に、
    五月の女王様をエスコートする
    ばらの騎士として立っていただこう

季節は初夏で、ちょうど春のばらも咲き誇る頃合いだから、
あの凛々しいお姉様に日頃から冠されているお花とも丁度重なる。
バレエを嗜み、所作ごとへの立ち居振る舞いも切れがあっての美々しくて。
鋭角に冴えた美貌を沈黙という知的なクールさにて縁取った、
それは印象的で、尚且つ重厚な存在感もたたえておいでの三木様に、
ばらの騎士という役どころは 正しくぴったりだと。
準備委員会を初めとする、関係各位の皆々様の意見が一致。
感情的な見苦しい諍いは滅多に起きぬが、その代わり、
のほほんとした令嬢が多いのでなかなか話が進まぬところが唯一の難点という、
この女学園の“諸刃の剣”的な困ったところをあっさりと払拭しての、
あれよあれよと言う間にも即決したナイスアイデアだったものの。

 多数決で決まったことだから、じゃあよろしく
 …では済まないことだというのへも
 さすがに理解はしておいで。

お体が弱いという宇都木一子様への無理強いは
お気の毒だし可哀想としつつ 何とか妥協案を考えたのと同じこと。
こういうことへ 民主主義の基本原理を持ち出すなんてのは理屈がおかしい、
個人の意志を力づくで蹂躙してはいけません、と。
そういう道理を忘れぬ聡明さも ちゃんとわきまえておいでのお嬢様がた。
ほぼ全員で諸手を挙げて賛同したほどの妙案ながら、
決めるのは紅ばら様であり、しかもしかも、

 既に陪臣のお務めをなさったお方。
 しかも、実は目立つことはお嫌いで、
 だからこそ、泰然とした姿勢に皆が惹かれるクール・ビューティ。
 よって、こんな表立った役どころは
 それこそ辞退なさる恐れも大きいと

微妙な解釈ながら、結構 的を射た見解をお持ちのお嬢様がたとしては、
どうしたもんかと思案なさったその結果……

 「さあ出来たぞっと♪」

あくまでも“五月の女王”が主役のイベント。
純白の装いをした女王の付き添いである以上、
エスコート役が目立っては艶消しも良いところなので、
周囲が新緑目映いことや、賓客の皆様の装いのトーンも考慮してのこと。
あくまでもシックな色調の、中世の騎士風、
ただし かぼちゃパンツにタイツ、じゃあなくのブーツスタイルと。
少女たちの夢を壊さない いで立ちになるよう仕立てたその上へ。
フリルじゃ スパングルじゃ ラメ入りのリボンじゃといった、
見るからに派手な“いかにもデコ”は避け、
詰め襟の合わさる前立てのトップや胸章・肩章に、
重厚な金細工風の徽章を取りつけ、
それらを繋ぐように組み紐の飾りをつけて華やかさを演出。

 「さあさ。着てみて下さいませvv」
 「〜〜〜〜。////////」

そもそも、一子様に対しては やや甘いところのある紅ばらのお姉様。
その一子様の窮地で、
しかもしかも、デザイン&縫製担当が白百合様こと七郎次と来れば、

  ここぞということへは情や空気にも流されぬ頑迷な久蔵でも、
  その意志 揺らがずにはいられないのではなかろうかと。

一体 誰が発案したものか、
これ以上はない包囲網を敷いての囲い込み、
紅ばら様に“しょうがないなぁ”という溜息付きながらも
結果として承諾させてしまった大作戦の巧みさよ。

 「まあまあまあ、なんて凛々しいことでしょかvv」

あちこちに巧みにタックやダーツを取った工夫が生きてのこと、
詰め襟に肩章なんていう、堅苦しい軍装でありながら、
その痩躯にフィットしての何とも見栄えの麗しい仕上がりは素晴らしく。
だからと言って、身動きままならぬ不自由な拘束感はないようで、

 「ほら、胸元へ手を伏せてみて下さいな。
  今度は両手で、そう、交差させてみて。
  腕の付け根とか背中とか、どこかキツクないですか?」

 「……。(否、否)」

じゃあ今度は 指を組んで頭の上へ、そのまま背伸びしてみて、と。
動きに指示を出し、支障はないかを確かめておれば、
ドアのお外にメイドさんだろう気配が立って、
そのまま静かにノックする音が響く。

 「お嬢様、林田様がお越しです。」
 「あ、お通ししてvv」

こちら様も、かつての五月祭りを沸かせた陪臣を務めた三華様のお一人。
金髪娘二人がやや大人びた印象なのに相反し、
こちら様はそりゃあ愛らしい童顔でいらっしゃりながら、

 「まあまあ、もう仕上がったんですねぇ。」

いやんお綺麗ですと、褒めちぎるひなげしさんだったが、

 「〜〜〜〜〜っ

紅ばら様の表情はやや堅い。何たって、

 「米、」
 「その呼び方はやめてと。」
 「まあまあ、お二人とも。」

模擬刀とはいえ この人がだんびら抜き放つと何だかおっかない、
久蔵殿が腰の差料を引き抜いての構えたのは、
こたびの顛末、こうすれば久蔵が引き受けざるを得ないという道筋を、
そりゃあ鮮やかに簡潔に提示したのが、
こちらの天才美少女だったからに外ならず。

 「何ですよぉ。
  一子さんも、久蔵殿が付いてて下さるなら引き受けると仰せだったのだし、
  久蔵殿とて、シチさんお手製のこの衣装、
  祭典の後に下げ渡してもらえるならOKという条件を飲んだのだし。
  全部丸く収まってめでたい限りじゃありませぬか。」

それに、わたしたちも不公平なしに、
女王に付き添う久蔵殿への付き添いを
ちゃんと勤め上げるのですしと。
窮屈な“お務め”も分かち合う所存なんですからと、
そこのところを強調すれば、

 「う……。」

情には、慣れがないからか なかなかほだされないが、
約束とか義理には意外と敏感な、三木さんチのお嬢様。
不公平なしですよという一言には、反駁しづらいらしくって。
正眼に構えかけてたサーベルも、
しょうがないなと消沈したそのまま降ろしてしまわれる。

 “ポカリと一発叩かれるくらいは、
  こちらも覚悟してたんですけれど…。”

慣れがないとの情の方も、
一旦縁を結んだ相手へはずんと手厚く懐いてしまわれる、
そりゃあ可愛いお嬢さんでもあって。
騙し討ちしたつもりはないけれど、
それでもあのね?
策を弄したには違いないことへの罪悪感、
ちょっぴり つきんと感じちゃったひなげしさんだったそうでございます。

 「ごめんねぇ、久蔵殿。」
 「しょうがない。」
 「一子ちゃんには相変わらず甘いですよね、久蔵どの。」
 「………。」
 「?? 何ですか?」
 「〜〜〜いやあの、アタシはそんな。」
 「お? シチさんがどうか?
  つか わたしにも判るように話して下さいな。」

  そうそう。
  シチさんがこうまで積極的に没頭してらっしゃるのへも、
  実は意外な理由が隠されていたりするそうでして……。





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  *ね?
   何か起きてどうこうというお話じゃあなさそでしょう?
   威張ってどうするというか、
   普通一般の女子高生はこうあるべきだというかな展開ですが、
   さて、真打ちのシチさんが
   どういうお心持ちを隠していなさったかといえば……?


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